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Till Mar.3

Berryz工房のことを書いてみます。

嗣永桃子の宿命と奇跡

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明日からいよいよトラベリーズファイナルですね。私は始発のバスで羽田に向かいますが、今夜まさかの飲み会です、みたいな。寝れんのかな、みたいな。

それでやっとももちの記事を更新できます…活動停止が迫るにつれて文章の恥ずかしさも増し増しになってるねと大学の先生から言われました!てかあんまり学生のブログ読まないで欲しいな。あと単位欲しいな!

 

ももちの魅力は、かの有名なインタビューに集約されていると思います。画像はネットから拝借しました、ゆるにゃん。

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歌で人の気持ちを明るくできるようになりたい。きっと人生にくじけてる人が、いっぱいいると思うから。

何度読んでもいいな、と思います。大人びすぎているわけじゃないけど、でもこの年齢の女の子が言うとちょっと凄さを感じます。

この時は「歌で」って言ってるけど、今ではトークやライブの演出等、様々な所で私たちの気持ちを明るくしてくれていますね。

 

自分の話になりますが、私が初めてももちに出会った(現場でちゃんと見たという意)のは、2004年によみうりランドで行われたシール交換会の時です。私はももちとシールを交換したのですが、この時私は自分のシール帳を持参しなかったために、もらったシールを貼るものがありませんでした。会場にシール帳を持ってきてなかったまぬけって私くらいだったんじゃないかと思うんですけど…。

その時ももちは「何か貼ってはがせるもの持ってる?」と私に聞き、私のパスケースにシールを貼ってくれました。なんて優しいアイドルなんだ、と感じ入ったエピソードです。ももちは有言実行、いつでも人の気持ちを明るくしてくれます。

そんなこんなで、私が1番初めに好きかなと思ったBerryz工房のメンバーはももちでした。明確にみやびちゃんが1番良いなと思ったのが2006スポフェス辺りなのですが、それより前は実質的にももちが推しメンだったんだような気がします。

 

だから私は2004年の終わりくらいから5、6年間くらいでしょうか、ほぼ毎月ももちにファンレターを出し続けました。それは所謂一推しのみやびちゃんに出したファンレターの数を遥かに凌ぐ数です。

 手紙に書いていた内容は、ライブやイベントの感想だけでなく、私の個人的な悩みとかもバリバリ書いて送っていました。なのであの頃出した手紙は本当にお金を出してでも返還していただいて焼却処分したいくらい恥ずかしいものです。なんと言っても私は中学校3年間、担任の先生へのクソどうでも良い愚痴を書き綴った怖すぎる手紙を出し続けていたので、本当当時の私って軽く○したいですね。

 まあ私がBerryz工房を見続けたこの10年ちょっとって、Berryz工房にとっても私にとっても本当に色々あったと思うんですよ。アイドル最前線で柳原可奈子さんが、

彼女達がデビューしたときは私も10代で、自分なりの決断だとかいろんなことがあって、でもいつもBerryz工房がいてくれた。本当にありがとうございました。

と語っていますが、私も全く同じ気持ちで、さらにももちについてはこの思いも一入にあります。

もちろんメンバー全員がそうなんですけど、いつも私が何か決める時ってももちを見ているような気がします。私、高校に行くか行かないか死ぬほど迷ったんですけど、どうやらももちも高校に入ったらしいと聞いて私も高校行きましたし、ももちが真面目に大学に通っていると聞いて、大学に入る時には私も頑張ろうと決意しました(結果大学は4年間あまり真面目に通いませんでしたけどね!)。大体同年代ということで、ももちから学ぶことは多くありました。

 

ぷりぷりプリンセスで「自分で決めたことだから」が口癖で、どんなに朝早くても大学に行く、というももちママからのアンケートがあったじゃないですか。もうとにかくももちって普通じゃないんですね。私なんかは2限ですらド早朝の感覚なんですけど。

もう他のメンバーへの独自の思いとかそういうのはももちに対しては一切なく、「えらい」「すごい」みたいな小学生並みの感想しか出てこないんですどうしても。昔より今の方がずっとももちの凄さを感じていて、だから今はももちが高尚すぎて直視できないレベルに達しています。

でも、いつも握手会で私が何か言えば「頑張って(低音)」と言ってパーン!とかなり強く手を叩いてくれるももちに、Berryz工房でいてくれて本当に感謝してます、とだけは思っています。

 

常々ももちに思うことは、この人がBerryz工房及びアイドルでいるというのはまあ宿命的なことなんだろうな、ということです。渡辺一夫アナトール・フランスのお話に対して「この宿命は、甘受せねばならない。特に、かうした宿命を感じ得る人々は、さうである。」と記していたのをみて、まさにももちがアイドルでいることも同様なんじゃないかと思えます。

ももちがアイドルで居続けることはもちろんももち自身の意思ではありますが、あの徹底ぶりを見るに、天性のアイドル力を持って生まれたももちの宿命が、アイドルで居続けさせるんじゃないか、と。

 

テレビに出演する時はほとんどその影を見せませんが、ももちは小学生時代の自分のことを「地味」とか「暗い」といった表現をすることが度々あります。「ハロプロキッズオーディションに合格して初めて、学校の人が私を見た」という様な発言もしています。

また、つんくさんがどうしてももちを合格にしたのか、というのも本人は結構気になっていたみたいで、ぷりぷりプリンセスの中でつんくさんに理由を聞いたという報告もありました。あれだけアイドル然としているももちではありますが、多分「自分がアイドルになれたのは奇跡」くらいに思っている節があるように思えます。確かに、大勢の中から選ばれたのは運も作用しているし、それもBerryz工房として第一線を走り続けることができたのは奇跡です。

 

でもそれとはまた別に、人前に立って、誰かを楽しませたり、勇気づけたり、時には涙させるという宿命を負っている感がももちにはあります。アイドルとして徹底しているように見えて、案外適当で雑なとこがあるチャーミングさも含め、ももちは人を魅了する天才で、その才覚を発揮しながら生きていかないといけないような。もちろん生き方は本人次第でしかないけど、本人もアイドルをやりたいっていう衝動にかられてるような。その宿命を選んで立ち向かっているような…。

私の思うももちの魅力は冒頭にも記しましたが、また多くの人がももちに惹かれるのは、本当に才能ある人がそれをフルに活用できる舞台に立っている、というドラマティックな一面があるからじゃないかなと思います。そしてその舞台に一緒に立つ6(7)人の仲間は、みんな最高のメンバーです。

Berryz工房じゃなかったら、こんなに続けられなかったかも…」とか「でも同じクラスだったら(このメンバーと)仲良くならなかった」とか本人達も色々語っていますが、奇跡のようなBerryz工房の中で輝き続けるももちは、本当にたくさんのベリヲタの心を動かしたのは間違いないです。

 

そういう、Berryz工房でいられたことを1番良かったと思っているのはファンではなく、ももち自身なんじゃないかな、というか、そうだったら良いなと考えています。

活動停止発表の時の涙と、その後これまでずっと笑顔でファンの前に立ち続けてきたももちですが、その心の中でどれだけいろんなことを考え噛み締めてきたのか、想像もできないです。だけど、Berryz工房でいたことを誇りに思い、力にして進んで行こうと感じたんじゃないかなあ。

 

ももちも結構この11年で変化があったようです。一例ですが、8年くらい前に雑誌のインタビューで20歳までには結婚したい、って言ってたんですよ。今じゃ考えられないけど(笑)。だけど、様々な経験の中で、色々変化したり、固まったりしたんだろうな、と思います。私が思うよりずっと、たくさんのドラマがももちにはあったのでしょう。そういうのも、ももちをより輝かせる要素になっているはずです。

 それもこれも、これからのカントリーガールズのPMとしての活動も全部含め、ももちがアイドルとして輝いた日々を、ももちが将来思い出した時に幸せだと思っていてくれると信じています。

 

ももちにとってBerryz工房は「青春のすべて」であり、昨年の秋ツアーでは「原点」とも語っています。ももちが青春をすべて捧げ、そしてこれからもBerryz工房を原点として歩いて行くことを、とても嬉しく思います。

 アイドルが天職だと本人いつも言ってるけど、ぶっちゃけ適当な所で理想の王子様と結婚しちゃって幸せになって欲しいという気持ちもあるけど(笑)。まあそういうのも込みで、これからも見守りたいです。

 宿命と奇跡によって私たちを楽しませてくれたももちは、今とは違う仲間や場所でも、また私たちの気持ちを明るくしてくれるだろうと思うのです。